あざといもの。 小話 外からはしとしとと雨の音がする。 事が終わった後の、気だるい重さの空気が満ちた部屋には、行灯の光がぼんやりと揺らめいている。 自分は煙草をくわえ、相手は卓の上に申し訳程度に置かれていた茶菓子を、単衣を肩に引っかけただけの格好で咀嚼していた。 「あーァ、雨かよ…」 ぼそりと相手が呟く。うざってえな、と続けながら頭を軽くかきむしる彼の髪は方々に伸びている。 色素の無いそれは、ほの暗い部屋の中でよく目立った。 否髪だけではなく、所々朱の散った肌も、羽織った衣も同様に。 彼自身が淡く発光しているようだと、黒を纏う自分と比べ思う。 ぶつぶつと文句をもらす相手に天パは大変だなと揶揄ると、菓子入れの盆が飛んできた。 「雪に変わってくんねえかな」 「大して変わんねえだろう」 逆に寒くなるだけじゃねえか、と言えば、気分的な問題だよ、と返される。 「雨は、なんつーかこう、」 最後らしい饅頭を口に放り込み、続ける。 「冷てえだろ」 そう、ぽつりとこぼれた言葉には、奇妙に温度が無かった。 つめたい、という。けれども彼は着流しを着込む訳でもなし、布団に入る素振りもない。 寒いとは云わない彼に、何故か僅かに眉が寄った。 「…なら着ろよ」 その辺りに散らかっていたインナーを放る。しかしちらりと視線をやるだけで、受け取りもしない。 「なんかめんどくせえ」 「言ってる場合か」 焦れったくなって、煙草をもみ消すと腕を伸ばして腰に回した。 室内とはいえ冬の外気に晒されていた肌は、ぞっとする程ひやりとしている。 引き寄せるように後ろから抱え込むと、特に抵抗もなく体重を預けてきた。 とんと胸に当たった背中は同じように、冷たい。 ――先程までは、あんなにあつかったというのに。 「…冷えすぎだろ、つめてえな」 「おめーがいつまでも暑っ苦しいだけだろ。何?そんなに興奮しちゃった?」 「アホか」 反論と同時にうなじに噛みつくと、小さく身体を震わせる。 青白い肌に少しだけ赤みが戻ったのに気を良くして、歯を立てた場所を柔く舐った。 そのまま肩、首筋へと唇を辿り、耳の後ろを舐めながら、胴へ腕を滑らせる。 胸元に掌を当てた。少しだけ早い、けれども規則正さは変わらない拍動が伝わる。 じんわりと、その間で温度が解け合う。その場所だけ、彼の肌と自分の肌の境界が曖昧になる。 彼は細く息を吐いて、回した腕に頭部を凭れてきた。 そうして肩口から見下ろした身体は、非道く、白かった。 恐らくはどこも冷たいのだろう。引き締まった腹、薄い腰、そこから伸びる脚と、その内側ですら、今の彼は。 てのひらだけでは、それらをあたためるには足りない、と思う。――今の彼、は、少し、つめたすぎる。 ならばと、掛け布を引き寄せようと伸ばした腕に、ついと手が添わされた。 手首を捕られ、彼の首筋へと導かれる。心の臓に近いはずのそこは、けれどもやはり己の掌より温度が低かった。 「――もうちょい、」 なでてくんね、と、音無く唇が動く。 軽く瞠目して、期せずして手に力が入る。その拍子に親指が彼の唇に触れた。 彼は身じろぎひとつ、しない。 薄いそれを、何ともなしに緩くなぞる。少しだけ押すと、唇は簡単に割れた。歯と、その間の赤い舌が指先に当たった。 どこもかしこもつめたいからだの、其処だけは灼けるように熱かった。 おとがいに指を添えて振り向かせると、痛ぇよバカ、と親指を口に含んだまま囁かれた。 そのまま深く、口付ける。 舌で口腔を探ると、やはり、自分のそれ程あつくはなかった。 けれども絡みつくように貪り侵せば、直に逆上せるほどに温度が上がることを知っている。 明確な意志を持って脇腹をさすり上げる。 ひくりと筋が、胸が、喉元が、そしてくちびるが強ばって、そしてそのすべてがとくりと熱を帯びる。 彼の片腕が、緩慢に肩に回される。 まだ熱の伝わっていないそれを掴んで体勢を変え、ようやく正面から視線を交えた。 両目で間近に捕らえた紅い瞳に、温度があるのかは判らなかった。 けれども唇を離したその一瞬、走った色は、…期待と、挑発。 応えるようにもう一度、今度は目を合わせたまま口付けを仕掛ける。 「お望み通り、熱くしてやらあ」 「うっわ、寒っ」 小馬鹿にしたように弧を描く唇を本格的に塞ぐために、白い身体を引き倒した。 ------------------------------ 一目見てまず風邪ひくよ、って思った (動揺しすぎて思考回路が可笑しくなったらしい) (09.06.21) close |