衝動


それを見てしまったのは偶然、だった。

恒例のお通ファンクラブ幹部会議で、新八はファミレスの一角に陣取っていた。
会議という名のアイドル談義もひと段落し、各々がまったりとし始めた頃。
新八がふと通りへ目をやると、昼の光の中でもよく目立つ銀色が視界に入った。
また昼間からふらふらと。事務所はどうしたのだろう。
今日は確か簡単な依頼が一件、一人で十分だと銀時だけが早くに万事屋を出ていた。もう終わったのだろうか。
しかし片手にある安物の紙袋とそこから覗く菓子類を見れば、依頼料を元手に一発当てたのは一目瞭然と言うもので。
まぁ、勝ったらしいので取り合えず良しとする。いやあまり良くはないが。
家に帰ったらきっちりと巻き上げてやらないと。 あの主人のことだ、隠して独り占めしないとも限らない、そうはさせない、万事屋の食糧事情は常に逼迫しているのだ。
そんな事を考えながら、彼が通りを歩いていくのを見送ろうと視線を先にやると、これまた明るい街中では悪目立ちする、黒色の人物が向かってきていた。
ほんとに目に付きやすい人達だなぁ、とひとりごちる。だが二人とも妙にしっかりとこの街に溶け込んでいるのだから不思議なものだ。
当然のように銀時は土方に気付き、土方の方も銀時に気付く。
銀時はお、という顔をして、次に何やらあくどい表情を浮かべる。あれは玩具を見つけた子供のカオだ。ちょっかい出す気満々である。 対して土方は、ぴくりと片眉を上げて、苦々しく顔を歪めた。嫌な奴に会った感丸出しである。
案の定、機嫌の良い銀時が声をかけたのをきっかけに言い合いが始まった。 何を言っているのかはよく判らないが、往来だというのに恥ずかしげも無く大声を上げているのはよく判る。
恥ずかしいなぁもう。他人の振りしとこう。
オレンジジュースを啜りながら、横目でこっそりと様子を伺う。
喧々囂々と言った体ではあるが、それでも二人の間に流れる雰囲気は決して険悪なものではない。
仕掛け、返し、またふっかける。応酬は軽やかで、互いに相手の応えを楽しんでいるかのような。
だからこそ通行人もちらりと目をやってもほとんど気に留めないし、新八自身のんびりと彼らを眺めていられるのだ。

けれども、銀時が肩を竦めて二、三言話した時、不意に、土方の返しが止まった。
突然中断したやりとりに、銀時も訝しげに動きを止める。
何か失礼な事でも言ったんじゃないだろうか、不安がよぎり、新八は知らず二人の様子を凝視した。
しかし、土方は無言のまま、いきなり銀時の手首を掴むと、ぐいと引いて路地裏に引っ張り込んだのだ。
すわ暴力沙汰かと新八は思わず腰を浮かす。丁度人並みが二人が消えた路地を視界から遮った。
焦る気持ちを抑えて、待つ事数秒。

途切れた人混みの向こうに、


―――――え、?


見えたものに、固まった。


黒が、白を。
隠すように、覆い被さっている。
狭い路地裏の壁に押しつけられた白い体躯は腰に回された黒い片腕に固定され、もう片方の腕に肩から上を抱きすくめられている。
ふわふわと跳ねた銀の髪はそれをわし掴んだ掌と黒の髪とに挟まれてくしゃりと歪んでいる。

あれではかなり顔が近くなってるんじゃないだろうか、
ていうか近い、
明らかに近すぎる、
あれじゃまるで、


…え?


まるで、
――否、明らかに、

いわゆる、
『  』をして――


え、えぇ、…、ええええええええ!?


浮かんだ単語が目の前十数メートル先の光景とかちりと当てはまった瞬間、新八は声を出さずに絶叫した。
がたんと窓ガラスに手を突いた音に、向かいの隊員が怪訝そうにどうしたんすか隊長、と問うた。
慌てて何でもないと取り繕う。
え、ていうか、なんだ、いまのは。
いや、そもそも見間違いかも知れないし、多分胸ぐら掴み上げてたりしたのと勘違いしたんだ、きっとそうだ…
そう結論付け、話の輪に入ろうとする。
…が、やはり気になってしまう。
逡巡した後、隊員達に気取られないように、そろりと窓の外に視線を戻した。

二人は依然その路地裏に居た。
白は抵抗するように黒の背に肩に爪を立て、押し返そうとしているようだった。 それを黒が押さえ込むようにかわして、顎を掴んで更に強く顔を密着させている。
遠くから見ても判る、濃厚なくちづけだった。

うあああああああああああああ。

顔が赤くなるのが止められない。
見てはいけないものを見ている、それは判るのだが、あらゆる方向に非現実的な光景に、混乱した頭が身体に正しい指令を送ってくれない。 かろうじて、周りの者達に気付かれないように装うのが精一杯だった。

銀時は抵抗を続けていた。
幾度か強く背中を叩いた後、一度動きを止めると、おもむろに片腕を振りあげた。
あ、やばい、あぶないですひじかたさん、こんな時でもとっさにそう思ってしまい、一秒後に地面に沈む彼を予想して身体を固くする。
けれども、腕が降り下ろされる寸前に土方が顔を離した。
虚を突かれた銀時を、再び抱え込むように腕を回して、強く抱き込んむ。
逃がさないと、行くなとでも言うように、ただひたすら、強く。

そして、何故か、遠目からでも判る程、ふっと彼から何かの力が抜けたのが見て取れた。

――新八は、勿論二人がそういった関係にあるという事は知らなかった。 そして、真撰組が最近随分と忙しかった事も知らなければ、彼らの逢瀬が大分久しぶりであるという事も、知らなかった。
けれども、銀時を、縋るように抱きしめた土方の様は、
まるで餓え渇いたひとが澄んだ一滴の水を得たかのように、こちらが思わず赤面したくなる程の、熱情と渇望、そして真摯さを伴っていて。

あんな、想いを。

ひどく一途な、純粋で激しいものを。

あのひとは、あのひとに。

思うと、何故か混乱していた頭が少しだけ落ち着いた。
そして別の、鳩尾の辺りが締め付けられるような、むずがゆい感覚が沸き上がった。
それは、決して不快なものではなくて。
見失った母親を見つけ飛びつく幼子を見たかのような、妙に暖かく、微笑ましい、感覚。
はたり、と銀時の抵抗が止んだ。
勢いを失った拳はそのままぽてんと彼を抱きしめている相手の背に落ちた。 そしてそのまま、黒い隊服に皺が寄る。 身体ごと抱き込まれた方の腕も、ゆっくりと背に回され、皺が増える。
ぎゅう、と銀時が同じように腕に力を込めたのが判った。

黒と、白が。
明るい日の光が射す時間、賑やかな往来の片隅で、互いの首もとに顔を埋めて、ただ抱き合っている。

何故だか新八は泣きたくなった。
そっと、視線を外す。これ以上は見てはいけないと思った。
これ以上彼らを見ていたら、きっと自分は何かしたくなってしまう。
何が、という訳ではないのだが、それでも。
この、妙に暖かく微笑ましく、じれったい何かを、どうにかしたくなってしまう。


けれどそれは、きっと…余計なお世話、というものだろうから。



次に外に目を向けたとき、当然だが二人はもう何処にも居なかった。
ただ、まだ長い煙草がひとつ、ひしゃげて地面に転がっていた。





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うちの土方さんは本能で動く男です。
土銀でどちらが自分の欲望に正直かって言ったら、
勿論銀さんだと思うんですが、(杉田さんもそう言ってたし)
最後のところで自分をさらけ出すのは土方さんだと思うんですね。
それに銀さんが戸惑いつつきゅんとしてれば良いんじゃない。

ぶっちゃけはぴばネタでも何でもないが
ともかく

土方さん誕生日おめでとう!

やった!当日に言えたよ!!(…)

(08.05.05)

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