唐獅子牡丹


―――数え年の風習が続いてきたこの国では、誕生日を祝うという行事は比較的新しいものであった。
とかく日本の男は「いべんと事」に疎いので、天人襲来以前に生まれた者達は初めは渋っていたものの、 また子を始めとする若い世代はその限りでなく、大変前向きに誕生日祝いというものを捉えている。
それに当てられたのもあり、何より、敬愛する主への親愛の情を表す術としては格好の機会であったから、 いつしか高杉の誕生日を祝う事は鬼兵隊の恒例行事となっていた。
当の高杉本人にとっては、感情の扱いに困る行事ではあるようだ。
祝われる事自体は決して負の感情が浮かぶわけではないようだが。
ただ、生来率直に感情を出す事を苦手としている上、 新しい風習である「誕生日」を中々素直に受け入れられないという事もあった。
(銀時は甘いモノが食べられれば何でもイイという人間であったし、 桂はあれでいて異常な程物事をよく受け入れる質だ。 坂本に至っては騒ぐ事が身体に染み付いているというか、 祝い事のテンションそのもののような男であったから、 あの友の中では高杉が最もそういう事に対してノリが悪かったと言えよう。 硬派と言えば聞こえだけは良い。)
その為か、宴の最中もその仏頂面が崩れる事は無かったようだ。
只、機嫌は良かったらしい。
宴の最中も席を外す事無く、穏やかなペースで酒を飲み、武市が腕によりをかけて作った料理や、 また子が苦心したらしいバースデーケーキも、文句も無く平らげたそうだ。

――全て伝聞系なのは、万斉が例によって副業(表から見れば本業だろうが)の仕事で、 数日船を空けていたからであった。
船に戻ったのは一刻もすれば日付が変わる時間であったから、宴は既に終わっていた。
晋助様に美味しいって言って貰えたッス、 と心底嬉しそうにするまた子を微笑ましく思い相槌を打つ。 船内の雰囲気もどこかふわふわと浮いていて、僅かに苦笑が漏れた。
ハメを外し過ぎぬよう皆をまとめるよう武市に言って、万斉は高杉の部屋へと向かった。



高杉は、窓枠に腰掛けて三味線を爪弾いていた。
ポロン、と琴のように響く音が、真夏特有のじんと重い空気に溶けていく。 夜闇に冷やされた風が心地良く部屋を吹き抜けていった。
月明かりに浮かぶ彼の顔に表情は無かったが、弦を弾く指使いは軽く滑らかで、 成る程、確かに機嫌が良いようだと、戸を開けた体勢のまま、万斉は一人ごちた。
「何か用か」
取りとめも無い、曲とも言えぬ旋律を奏でながら、高杉が言った。
「誕生日プレゼントを」
部屋の中に入りながら、手に持っていた包みを掲げる。
高杉は振り向いて、ほう、と目を眇めた。
「つまらねぇモンじゃねぇだろうな」
「それは晋助次第でござるな」
彼の眼鏡には適わなかったらしい贈り物の包みが、 部屋の隅にいくつか転がっているのを目端で捉えながら、肩をすくめて応える。 くつくつと高杉が笑いを洩らした。
みせろ、と視線と顎で示され、やれやれと暗い色の風呂敷の結び目をほどいていく。 風呂敷は箱のような形で、大きさは一尺程度。
じい、と包みが解かれていくのを見つめている高杉に、万斉が確認するような声音で問うた。
「確か、朱塗りの煙管を持っていたな」
怪訝な顔をする高杉に無言で笑み、ぱさり、と最後の布を落とした。
現れたのは、
「…たばこ盆?」
艶やかな漆に彩られた、朱いたばこ盆。
シンプルな手提げの盆型で、上品な造りは花街で使われているようなものを思わせる。 落ち着いた深い朱塗りには何の蒔絵も無いが、 主張もせず埋もれもしないバランスで唐草が彫られており、洒脱とした気品を感じさせる。 そして一つだけついている引出しに、 唐草の中に艶然と佇むように、獅子の細工が施された金具がついていた。
たまたま立ち寄った骨董店で、偶然見つけたものだった。 火入れも何も無く、只たばこ盆のみが棚に飾られていたのだが、何故か、妙に惹かれたのだ。

高杉は、微かに瞠目する。
そして持っていた三味線を壁に立てかけると、おもむろに袂に手を入れる。
取り出したのは、一本の煙管。 細く長いそれは繊細さを感じさせ、羅宇は月明かりに映える朱塗り、 雁首と吸い口には、華やかな牡丹が彫られている。
それを高杉が、かたり、とたばこ盆に乗せた。
「――――へえ」
「ふむ。あつらえたようでござるな」
感嘆の溜息が、二人の口から漏れた。
たばこ盆と煙管は、見事な調和を持って、其処に鎮座していた。

「牡丹に唐獅子竹に虎…か。イイ趣味してんじゃねぇか」

そう言って目を細めた高杉に、万斉は思わず息を呑んだ。
彼は、微笑んでいた。酔っているからだろうか、 いつもの狂気に煽られた笑みでもなく、皮肉気に歪んだ笑みでもなく。
穏やかに、柔らかに、――――嬉しそうに。
瞳に映る光はまるで、素敵な宝物を見つけた子供のように、きらきらと澄んで、輝いていた。
ひどく純粋で、そして無垢な、笑みだった。

万斉が動けずに、その微笑に魅入っていると、 高杉はそれに気付いた風も無く、ごそごそと辺りを物色し始めた。
我に返った万斉が何をしているのかと問えば、 無造作にいくつかの磁器が放られて来て、慌てて受け止める。
染付けの文様が入ったそれは、火入れと灰吹き。
最後に高杉が煙草入れを持ってきて、どかりと万斉の横に腰を下ろした。
「…気に入って貰えたようでござるな」
高杉はにい、と笑ってそれに応えた。
ことり、と道具をたばこ盆に揃えて置き、 気に入りの刻み煙草を取り出すと、朱塗りの煙管に詰めて、火をつける。 すう、と一口煙を吸って、満足そうに目を閉じた。
慣れきったその動作も何処か楽しそうで、 まるで楽しい遊びでも発見したような気配だった。
知らず、万斉の顔も緩む。
「万斉」
呼ばれて目を合わせると、高杉は楽しそうな顔のまま、ぐいと万斉の襟を掴んだ。
「褒美だ」
言って、もう一度深く煙管を吸い込むと、そのまま唇を重ねてきた。
酒気と共に、紫煙がゆっくりと万斉の肺を満たす。 そのまま舌が侵入ってきて、煙草の味を分け合うように、より深く唇を合わせた。 互いの口の端から煙が漏れる。
くつり、と高杉が咽喉を震わせたのが、触れた場所から伝わった。
――――珍しい。甘えて、来るとは。
ようやく唇を離すと、高杉はそのまま万斉の腕に収まって、また一口、煙を吸った。 動く気が無いのか、完全に体重を預けている。
…今日は本当に、心底、機嫌が良いらしい。
否、更に機嫌が良くなったと云うべきか。
役得であったな、と万斉はひっそりと思った。

一服が終わると、無言で煙管を突き出される。
灰を落とさぬように注意しながら、新しい煙草を詰めてやって、また一服。
どれほど時間が過ぎたか、ようやく満足したように、高杉がコン、と煙管をたばこ盆の上に置いた。
しばらく、指先が悪戯にたばこ盆の縁や模様を辿っていたが、やがてそれも止まる。
髪を撫でて額に口付けると、静かに瞼を下ろした。
「…御休み」

置時計のふたつの針が、かちりと頂点で合わさった。



Happy Birthday to S.T





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あとがき
遅れすぎてごめんなさいごめんなさい、高杉ハピバ小説です
と…取り敢えず八月中に上げられて良かった…(ぎりぎりすぎ)

高杉といったら煙管だよな、と思ってこのネタに
たばこ盆とは、煙管やそれに火をつける火入れなどを置く道具のことです
一応調べはしましたが間違っている所が多々あるかと…;
ウィキで「煙管」を調べたら「煙管が登場する作品」の処に
思いっきり『銀魂:高杉晋助』って書いてあって噴きました

あと、煙管に関する処ですが
うりゅうどうゆめばなし、という漫画の、
「紫煙の夢」というお話を参考にさせてもらっています
牡丹って、高杉に似合うなあ、と思ったので

万高は風流人だと思います
高杉は史実だし
なによりどちらも銀魂の中で特に詩的な台詞ばっか言う人達だから、笑

(07.08.31)

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