監察Yの観察記





<…あの娘の笑顔が見たかったんだろうなと僕は思いました。山崎退>

「作文んんんんんんん!?」

 店に轟いた叫びはまあ、無理からぬこととはいえよう。


 「斬れ」とただ一言、瞳孔の開いた上司に命令されたとき、山崎がまず思ったのは「無理っす」という一言である。そもそもアンタが敗けたあの人を、俺がどうこうできるわけないでしょうがァアアアと、声には出さずとも思ったものだ。
 …しかもそれが、戦争末期の伝説とまで謳われた侍ならば、尚更である。
 そのころの記録というのは拾うことが出来たとしても全て断片的なものでしかなかったが、それでもどうにかこうにかばらばらの情報を繋ぎあわせていけば、大体の全体像は掴めてくるものである。仮にも真撰組、副長付きの監察を舐めてはいけない。
 まあともかく、いくら上司の命令とはいえひっくり返っても遂行することは無理だろうなあと思いながら、山崎は調査に向かったのである。

 そして、調査対象が療養していると思われる、自分と同じく地味なことがアイデンティティである少年の屋敷に侵入し、生命の危機に晒されながら分かった、否、確認できたことは、近藤を始め上司も感じたはずのかの人の人となりであった。
 ――ありえないような強さそのものに関してはこの際置いておくとして。
 山崎は自分が感じたそのままを、決して「彼」を擁護するとか、…そんな気持ちが全くないとは言い切れないかもしれないけれども、それでも極力私情を挟まずに書きあげた報告書だったのだ。

 なのに。

 頭のてっぺんに派手に出来たたんこぶをさすりながら、山崎は涙目になりながら手元の作文…ではなく、報告書を見下ろした。
 「山崎ィイイイイイイイイイ!!!!!」という怒声で飛び上がって上司の元へすっ飛んでいって、拳骨と共に返されてきたものだ。痛みに悶絶する山崎を絶対零度の視線でバカにしつつ、上司曰く、「こんなふざけたモン持ってこいと命令した覚えは無えんだよ!」書き直してこい!!!と一喝されて蹴り出された。横暴だ。
 ふざけているつもりなどこれっぽっちもないのに、と思う。山崎は自分が書いた内容が正しいと思っているし、変えたくないし、変えられないし、変えない。
 アンタだってそう思ってるでしょうに、と上司を思い浮かべる。花見の時を初めとして、何かにつけて喧嘩ばかりして相当仲が悪いように見えるが、逆に言えば上司がああまで意地になるのも珍しいことで、本心から嫌っていたり憎んでいたりはしていないと思うのだが。どちらかというと、ずっとくすぶっていた何かを、あっさりと出してしまう「彼」に対する、憧憬とか悔しさとか、そういったものがあるのではないかと勝手に思っている。
 ともかく、半分意地になってしまい、山崎ははじめに書いたものと全く同じ内容のものを、出来る限りの仰々しい文体と文字で書き直してやった。
 なんだか斬られてしまいそうな気がしなくもないが、でも、この結果は真撰組監察の名にかけて確かなものであるのだから、撤回はしない。そう強く決意して、でもやっぱり殴られるのはイヤだなあと思いながら、できた報告書を提出しにいった。

 そして今、上司は仏頂面でその報告書を手にしている。ざっと文面に目を通している視線は鋭利なもので、山崎はいつ刃の切っ先が突きつけられるかとびくびくしていた。実際はほんの数分、下手したら数十秒程度のことだったが、まるで拷問でも受けているかのような心持ちだった。
 不意に上司が顔を上げた。条件反射でひっと身をすくめる。やばい、殴られる、と覚悟を決めたとき。
「ったく。何でてめぇはこうも字が汚ねぇんだ?」
 ぼそっとこぼされた言葉は、呆れたような諦めたような声音だった。へ、と目を剥いた山崎に、上司は良い、下がれ、と続ける。
「…え、あの、その…良いんですか、ソレで」
 思わず聞いてしまうと、あ?とドスのきいた声で睨みつけられる。
「手抜きでもしやがったのかてめぇ」
「っい、いえ!そんなことはっ!」
 それだけは譲れないと即座に否定すれば、上司はフンと鼻を鳴らした。
「やるなら始めっからこんくれぇまともな報告書を上げやがれってんだ」
 これでこの任務は終わりだ、ご苦労。そう言われて、取りあえず殴られなかったことにほっとしつつ、ほとんど茫然自失状態で部屋を辞した。

 そして唐突に、ああそうか、と気づく。
 分かっているのだ、あの人も。
 そんなこと、多分、もうとっくに。  ――「彼」がどんなひとであるかなんてことは。
 それこそ、「彼」と剣を合わせたときから、あの人は。
(…なんだ)
 良かった。
 そう、ほっとする。
 この感情は、多分、「彼」が疑われずに済んだことだとか、自分が殴られなかったことだとか、そういうことではなく。
 上司が、自分の付いていく相手が、やっぱり上司なんだなあと思えたから。

 事実それから、この件について、上司が言及することは一切無かった。



 ――その後、たびたび「彼」は大事件と呼べるような事態の中に影を残すようになる。

 その度に増える報告を、上司はひどく事務的に処理している。
 そして山崎もそれに文句を言うことなく従っている。
 そういうことである。





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紅桜編(の後日談)を読んだり観たりするたびに思うのは、
真撰組ってどのくらいまで銀さんがやってること把握してるのかなあっていう点。

こんな感じだったら嬉しいなあ、という妄想を吐き出してみた。

やっぱりひっそり土銀根底。

(10.10.25)

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