猛獣の飼い方10の基本



01:あるていどのきけんをかくごしましょう





「―――皇帝、覚悟ォオッ!!!」

「陛下ッ!!!」

悲鳴と怒号が蒼の宮殿に響き渡る。

血相をかえて突進する男の剣はしかし、玉座に泰然と構える王に届く前に耳障りな音を立てて阻まれた。
白銀の槍を構えた軍人は、眉一つ動かさず男の剣を跳ね返し、琥珀の髪を翻す。

「『死霊使い』…!」

ぎり、と歯軋りをして、まるで悪魔でも見たかのように、男は軍人を凝視した。
皇帝の前に立ちふさがる軍人は、紅い眼を男へ向け、言った。

「――我が主君に仇為す者には、死あるのみ」

其の場に居た誰もが恐怖を覚える、凄絶な笑みを浮かべる。

「…おのれえぇえええええっ!!!!!」

男が咆哮と共に決死の特攻をかける。
軍人はそれを冷めた眼で見つめ、展開していた譜陣を発動させる言葉をゆっくりと紡いだ。


――男は断末魔すら、掻き消された。



++++++++++



「…実行犯はほぼ全員捕らえました。首謀者はまだ上がっていませんが時間の問題かと思われます。また――」

「――いい、もう黙れ」

淡々と読み上げる声を制して、ピオニーはぎしりとソファから身を起こした。
謀反の後片付けに追われていたジェイドの服には、まだ返り血がついたままだった。
その腕をぐい、と引き寄せ、グローブを引き裂くと、返り血ではない、新しい血が黒いインナーから滲んでいた。

「…おや、ばれていましたか」
「当り前だ。――無茶しやがって」

無理矢理ジェイドをソファに座らせ、ピオニーは手際よく手当てをしていく。
その様子は明らかに不機嫌で、ジェイドは肩をすくめた。

「あんなところで禁譜をかます奴があるか」
「心外ですねえ、陛下を護る為じゃないですか」
「…嬉しくねえな」

真顔で言われ、一瞬思考が止まる。
ピオニーの眼は酷く真摯に、ジェイドを捕らえていた。
そのまま、ゆっくりと抱き締められる。

「…死んだらどーすんだこの阿呆」
「そんなヘマはしませんよ」

それに、と付け加える。

「――そのような事は、とっくに覚悟済みですから」

そう言うと、ピオニーはまた溜息をついて、抱き締める力を強くした。
馬鹿野郎、と小声で囁かれるのを、目を閉じて聞いた。





そう、危険など、何だというのだ。



――貴方を、護る為ならば。










------------------------------