いう事聴いて下さい





 今日も今日とて、ジェイド・カーティス大佐の執務室には、招かれざる客人が堂々と部屋の片隅に鎮座していた。
本日は彼の愛しのブウサギ達も数匹お供にしている。ぷぎーぷぎーと室内を歩き回るお供は、ジェイドの気を散らせるには充分喧しかった。
ペンは紙の上を思う様に進まず、書き損じの書類が床に落ちれば、それに興味を持ったブウサギが机の側までやってきて体当たりをかます。
忙しなく動く動物と、金色の主の気配は、この無味乾燥な部屋においてあまりにも存在を誇示し過ぎている。
勿論、其れを意識の外へと追い出し気にならなくなる程集中する事が出来ない訳ではない。 事実常ならばこれしきの雑音は気にならないはずなのだ。それくらい出来なくば執務など務まらない。
だが今日は、集中しようと集中したときに限って絶妙な邪魔が入る。
計算にのめり込み、あと少しでブウサギの鳴き声を意識から切り離せると思った瞬間、ピオニーがブウサギの名を呼ぶ。

…彼の声はよく通る。恐らく自分には、特に。しかも極めて自然に発されれば、警戒も出来ず。

そうやって集中を中断される事数回、いい加減ワザとではないとは言えないだろう。ジェイドは耐え切れずピオニーへ視線を向けた。
「…陛下。申し訳有りませんが執務に大変差し障りが有りますので、とっととブウサギ達を連れて出て行って頂けますか」
対するピオニーの答えは至極涼しげだった。
「なら仕事を止めれば良いだろう」
話が噛み合っていない。
溜息を吐いて、ジェイドはゆっくり、一言一言を区切るように言った。
「私の話を聴いていましたか、へーか。私は仕事をしなければならないのです。 軍の為、国の為、ひいては貴方の為にこなさなければならない仕事なんですよ。此処まではお判りですか?」
「ああ、判ってるぞ」
「そしてそれを遂行する為には貴方や貴方のペット達が此処、 つまり私が仕事をする環境において大変、物凄く、限りなく邪魔なのです。此処までは?」
「わかるわかる」
明らかに適当な相槌。まるで勉強を嫌がる子供のような仕草だ。
こめかみに青筋が浮かぶのを抑えながら、ジェイドは辛抱強く続けた。
「と、云う事は、私が仕事を滞りなく行う為には、貴方と貴方のペットを、 私が仕事をする場所、つまり此処から排除せねばなりません。そうですね?」
「そのとおりだな」
「でしたら、一刻も早く、貴方は貴方のペットを連れて、この部屋から出て行って下さい」
「じゃあお前が仕事を止めれば良いだろう」

…皇帝というのは、一般人の言葉は通じないのだろうか。

「陛下…私の話を聴いて下さっていた筈ですよね?」
「当り前だろうが」
「…良いですか、へーか。私の云う『聴く』とは、まともに話に耳を傾けるという事です。 しっかりと単語の意味を理解し、主語述語を把握し、概要を正確に汲み取り、 その中にある意見要求その他を受け入れる事です。貴方の意見要求を私に言えという事ではないんですよ?」
黒いオーラと共に最大限丁寧に送った警告はしかし、あっさりと返された。
「だから、お前の意見と要求に応えたまでだが?」
「何処がですか」
「お前は俺達に邪魔して欲しくないんだろう?だったらお前が仕事を止めれば、俺達に邪魔される事もなくなるだろうが」
詭弁。屁理屈。交渉決裂。
ジェイドはもう一度深い深い溜息を吐いて言った。
「へーいーかー。お願いですから、言う事聴いて下さい。さもないと貴方の可愛いブウサギ達を串刺しにしますよ」
最後通牒を口にする。同時に取り出した槍を振りかぶれば、まず間違いなくピオニーが謝罪の言葉が出るはず。
…なのだが、今日は、その様な反応が無かった。
訝しんで彼を見れば、目が合った。
じぃ、と此方を見つめてくる瞳に、一瞬怯む。
「話を聴いてないのは、お前の方だろう、ジェイド」
ピオニーはゆっくり、一言一言を区切るように言った。
「…何がですか」
深い視線に咄嗟に言葉が出ず、短く問い返せば、彼は嘆息した。
「お前、今日休みだろ」
「ええそうですね、久々の休暇です」
「…俺は確か、直々に休暇を申し渡したっつーか命令した筈だけどな」
「生憎と見ての通り腐るほど仕事が溜まっていまして、休みを享受出来る余裕が無いんですよ」
「…お前、何で俺がお前に休みをやったか判ってるか?」
「体調を慮れと仰るんでしょう」
「…慮るの意味判って言ってるか」
「よくよく考えるという事では?…別に死にそうな訳でもありませんから、やれる事をやっているだけです」
「…健康診断で過労と診断された奴の、考えた結果が其れか?」
「そうですが?」
何かおかしい事でも有りますか、と続ければ、ピオニーは心底呆れたようにぽりぽりと頭を掻いた。
「何なんですか、一体。訳の判らない会話をさせられて、いい加減こちらも頭に来てるんですが」
「…あのなぁ」

―――――こんこんっ

言いかけた言葉を、ノックの音が遮った。
『おーい旦那っ、陛下其処にいらっしゃるか?会議の時間過ぎてんだよ』
焦ったような声はガイラルディアのもの。
げ、とピオニーは顔を歪め、恐る恐るジェイドを伺い見た。
案の定、ジェイドはにっこりと笑っていた。黒いオーラを出して。
「ええ居ますよー、ガイ。とっととブウサギ共々連れてって下さい」
言うが早いかジェイドは椅子を立ち、一番近くに居たブウサギを抱え上げるとドアを開けて顔を出したガイに向かって思い切り放り投げた。
「どぅわ―――!?」
べしゃっと哀れな音を立てて、ガイはブウサギの下敷きとなった。
「っおいジェイド、何すんだ!」
流石に焦ったピオニーが立ち上がろうとしたが、目の前に立ち塞がったジェイドに見下ろされ、その眼光に思わず後退る。
「出て行け、クソ皇帝」
「ッぎゃ―――――!?」
笑顔の宣告と共に譜術が発動し、ピオニーは廊下に吹っ飛ばされ、強かに床に身体を打ちつけた。 残ったブウサギ達もぺっという音と共に部屋の外へと蹴り出され、呆然としているガイ達の目の前で、凄まじい勢いで扉が閉められる。

しばしの沈黙の後、控えめな声でガイが問うた。
「何やったんですか…」
ピオニーは溜息を吐くと、不機嫌そうに言った。
「アイツの馬鹿さ加減は相当だと思わんか?」
答えになってないですよ、と曖昧な笑みを浮かべて、ガイは答えた。










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